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Vol.6 一生に一度は行ってみたい、2つの塩湖。ウユニ塩湖と死海は何が違う?#店主ワールド紀行

#世界の果てのあんなとこ

 

 

地球上にある魅力的な塩湖の中でも1、2を争い、旅人ハイライトの上位にランクインするであろう地球の神秘、ウユニ塩湖と死海塩湖。今回は、同じ塩湖でもまったく異なる2つの塩湖を訪れ、感じ、自然の偉大さに酔いしれた店主の旅をお届けします。
 
 
ウユニ塩湖とは。
大地がひたすら塩の塊でできています。
 
 
南米大陸の真ん中あたりにあるボリビアという国にあり、岐阜県と同程度の10,582キロ平米という面積を誇る世界最大の塩原(塩湖)といわれています。ウユニ塩湖の高低差は50センチ以内で、地球上で最も平らな大地、場所ともいわれてもいます。そして、アンデス山脈沿い標高3700m程(富士山の頂上と同じくらい)の高地に存在しています。ちなみに死海は海抜マイナス420mにあり、2つの高低差は4000m以上。驚きですね。
 
 
 
 
 
本題に入る前に少し余談となり横道へそれますが、、、
 

2003年当時のネット事情

私がウユニ塩湖を訪れたのは今から18年前(記事執筆時2021年末)の2003年です。当時はSNSやスマホなどはなく、インターネットはありましたが(テキストメールレベル)、街中のフリーWiFiを拾ってピコピコなんていう時代ではありませんでした。この頃の途上国や田舎町では、簡単にネット環境にありつけないことの方が多く、家族や友人とは頻繁に音信不通になりよく心配をかけていたようです。スマホやインターネットが発達し、今は世界中どこにいても瞬時にコンタクトがとれますが、無駄な時間を費やしたり、無意味なストレスも多く、便利になった分の弊害も多いかもしれませんね。
 

時間も体力も消耗するウユニへの道のり。それでもこの場所を目指したわけは

当時、日本では今ほどメジャースポットでもなかったウユニ塩湖ですが、当時から南米ハイライト5本の指には数えられたでしょう。どうしてもこの絶景が見たいがために、しんどい思いをしながらこの場所を目指しました。というのも、まずとんでもない山の中にあり、当時は日本から簡単に行けるところではなかったので余計に行きたい場所でした。
 
今は行きやすくなっているが高山病リスクも
2012年にウユニの町に空港ができています。それでも飛行機を乗り継ぎ、最短でも日本から25時間から30時間はかかります。そして日本から飛行機を乗り継いで到着すると、いきなり高度3千メートル以上の高地へ降り立つため、体が高度順化ができておらず、高い確率で高山病を発症します。ちなみに酸素濃度は4千メートル地点で平地の約60%ほどになるようです。
 
 
標高3,800メートルに位置する首都ラパス
 
ウユニ塩湖へ至るルートとは?
いくつかルートはありましたが、王道はボリビアの事実上の首都ラパス(憲法上はスクレ)からウユニの街までバスか列車で10時間ほどかけて目指す方法でした。しかしその当時、隣国のチリに滞在していた私は、チリ側の街から国境を跨いでアンデス山脈を抜けるルートで目指すことにしました。
 
 

 

道中はアドベンチャーすぎる

とはいえ、公共交通機関などはありませんので、道なき道、果てしない悪路をどうにかして行くしかないのです。そこでチリ側の街で出会ったアメリカ人2人とアイルランド人1人と私の4人でトヨタランドクルーザーをチャーターし、運転手兼ガイドを雇い、2泊3日かけてウユニの街を目指しました。
 
 
遊園地のアトラクションなど話にならないレベルのアドベンチャーな悪路を超え、極寒の夜を毛布にくるまってやり過ごし、車に積み込んだ食料や水を5人でシェアしながら3日目に無事ウユニの街へ到着しました。この2泊3日の道中だけで本が1冊書けてしまうのではないか?というほどの、楽しさ満点、しんどさも満点の経験でした。今となっては良い思い出ですが、体力も精神力も極限まで疲弊するハプニング満載の珍道中なので同じ経験は正直もう要らないですw。。。
 
 
 
道中には温泉が沸く場所があり、一休み中
 
 
 
アンデスの偉大さに癒やされる
 
ようやく本題です。
ウユニ塩湖。
 
ここに言葉は要らない。死海を初めて目にして浮かんだ時と同じ感覚でした。
ここは日々過ごす同じ地球上なのか?えっ、ウソでしょ。という景色が目に飛び込んできます。目にする色は空の青と大地の白の2色のみ。たった2色の色彩が織りなすコントラストは、いま自分がどこにいるのか、何をしているのかがわからなくなるほど不思議な感覚へ誘います。
 
 
広大な平原の雪景色の場所にでも行くと近い景色に出会えるかもしれませんが、何よりこの白はすべて固まった塩なのです。見渡す限り、地平線のその先までもひたすら続く塩の大地。絶景なんていう言葉は安過ぎて使えず、その言葉の5段上の単語があればそれで表現したい、そんな場所なので、言葉にして伝えようがありせん。
 
 
 
雨季と乾季で違った表情を見せる。
ひたすら平地のウユニ塩湖には雨季になるとうっすらと水溜りができます。そこはまるで鏡のように空が映り込みこれまた幻想的な景色に出会えるようです。私は乾季に行ったので自分の目では見ていませんが。
 
満天の星空
星空が凄い。星空がやばい。
これまたそんな安っぽい言葉では表せません。街灯のない田舎や人里離れた海や山など空気が澄んで気候条件に恵まれたら日本にいてもキレイな星空は出会えますよね。でも、ウユニ塩湖の星空の何が凄いかというと、水平線というのか地平線というのか、塩湖平線(こんな言葉はないでしょうが)というのか、見渡す限り全方位180度に満天の星空が広がります。後に先にもこのような景色を見たのはこの時だけです。砂漠地帯などひたすら平らな場所に行けば似たような景色に出会えそうですが、その後ここで見た星空以上のものにはまだ出会っていません。
 
Google画像検索で、「ウユニ 星空」
 
と検索してみてください。果てしない景色に出会えると思います。
 
2つの塩湖の違い。
死海もウユニ塩湖も、地球が誕生し、海ができ、海底隆起の過程で形成されたという成り立ちは近いのです。大きく違うのは2つ。1つ目は標高。高い位置にあり酸素の薄いウユニ塩湖か、海抜マイナスに位置する酸素の濃い死海か。2つ目、湖上を歩けるか、浮かべるか。干上がった塩の大地のウユニか、塩分濃度の高い塩水があり浮かべる死海か。どっちもとにかく果てしない場所です。
建物も椅子もテーブルも全て塩を固めてできています。
 
感じ方はひとそれぞれ
よく聞かれる質問。
どっちが良かったですか?
どっちがオススメですか?
<答え>
こっちです、そっちです、あっちです。なんていう回答はございません。簡単に比較できるようなものではなく、それぞれにまったく異なる味わいがあります。人はそれぞれ感性が違い、そこで感じるものも人それぞれだと思うのです。
 
大人の一番の後悔は行動しなかったこと
今はインターネットが発達し、いつでもどこでも誰でも、瞬時に情報を得られるようになりましたが、どれだけテクノロジーが発達しても、その場で味わう体感はわけが違いますね。当たり前にまた海外へ行ける日が戻ってきたときには、ぜひ訪れてみてください。
 
 
旅をすること、非日常を味わうこと。
五感を刺激する醍醐味のひとつですね。
 
 
 
店主ワールド紀行とは
世界65カ国を訪れたトリネティジャパン店主による気ままな海外放浪記。トリネティ本国のヨルダンを中心とした世界の果てのあんなとこを、店主目線で切りとった地球のオモシロサを綴ります。気分で書きますので更新頻度は低めですが暇つぶしにどうぞ。
 
 
死海についての詳細はこちらをどうぞ。
 
 
 
塩繋がりで、ご紹介。
トリネティの死海のアロマバスソルト
 
 
保水力に優れた塩化マグネシウムを多く含む死海のバスソルトで、冷えた体を芯まで温めて、華やかなローズの香りでリラックスできますね。
 
 
もっともっと番外編 
 
その1 #人の体の順応性は凄いんだな。
2003年当時、アンデス山脈の様々な地域を2ヶ月ほど転々と過ごしており、標高3千メートル以上の場所に居ました。アスリートが試合前にトレーニングしてるような高地でずっと過ごしてたわけです。最初の頃は坂道を歩いているだけでしんどく、すぐ息切れしていたのが段々慣れてくると平地で過ごすのと同じように過ごせるようになります。人間の順応性の高さに驚きです。
 
 
この地で生まれた子供たちは、小さい頃からその辺の道端でサッカーボールを蹴って走り回ってるわけですね。少なくともスタミナや体力だけは強靭ですよね。ボリビアでは5600mの山に無酸素で登りましたが、5000mを超えるとさすがに3分登ると3分止まらないと動けなくなるくらいしんどかったです。
 
南米大陸の南北7カ国にまたがり、標高5、6千メートル級の山々が連なるアンデス山脈では、壮大な美しい自然や景色に出会えます。反面、人間が住むには険しく厳しい環境だらけですが、そんな中でも古代から今も人々の営みがあるわけです。日本の文明社会で生まれ育ち、便利で快適なことが当たり前の環境からすると衝撃的なことだらけの地域でした。
 
 
その2 #ランクルは凄かった。
 
 
日本が世界に誇る、オフロードカー「ランドクルーザー」、通称ランクル。
日本には綺麗に舗装されたオンロードだらけですが、ウユニ塩湖へ至る道のりにはオフロードしか存在しません。ゴッツゴツの悪路という悪路をグングンガンガン突き進むランクルは、世界の果てで生きてゆく人たちには魅力的な一台であることがよくわかりますし、このような地で暮らす人々はランクルへの信頼度が高く、ランクルや日本車ラブです。タフだし、壊れないぜって、皆が口を揃えて言います。トヨタや日本の自動車メーカーとの関わりがなくてもこのときばかりは日本人として嬉しく、誇らしくも感じます。
 
 
 
 
その3 #反政府運動の大暴動にまかれ国外退避困難に
 
 
2003年当時、ボリビア国内では反政府運動が巻き起こり、次第に暴動など激しさは増す一方となりとんでもない事態に巻き込まれました。国内に留まっておくのも危険なので早めの脱出をしたかったのですが、幹線道路は封鎖され、陸路の国境も、首都の国際空港も閉鎖され、逃げ場を失いました。。。外は鉱山労働者たちのデモが激しく、鉱山を爆破するダイナマイトをその辺の道路で投げつけて爆発させるという日本にいたら絶対に出くわすことないことに。。。
 
怖いもの知らずのこの当時の私は、デモの最前線で戦場カメラマン並みのことをしていて今考えるとゾッとします。
 
事態は収まるどころか悪化する一方であったため、ボリビア国内にいる日本人脱出用に日本政府からチャーター便が出る寸前でした。が、そもそも空港まで向かう幹線道路がバリケードされて検問があり、通過することもできず、どうすることもできない状況に陥りました。アフガニスタンで起きたタリバン政権になる前後(2021年8月頃)の大混乱な状況に近かったかもしれません。この話だけでもまた本が一冊書けそうなのでこの辺にしておきますが、その当時の緊迫した状況やどうやって過ごしていたのかなどはまた機会ありましたら。まぁでもこうやって記事を書けているので最後はなんとかなったというお話です。
 
番外編までお読みいただいた皆様、ありがとうございました。
 
 

※会員誌、TRINITAE LIFE Vol.6に掲載されたものです。

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